レギュラーになれなくても学生時代に運動部に入っておいて良かったと思う件

私は学生時代、運動部に入っていました。

詳しく言うと

小学5年生~6年生 ⇒ 少年野球団

中学校三年間   ⇒ 野球部

高校三年間    ⇒ サッカー部

なんで高校だけサッカー部かというと私が通っていた高校には野球部が無かったからです。

記事タイトルからすでに暴露していますが、私は運動が決して得意というわけではなく今まで部活でレギュラーになったことはありません。

全て補欠でした。

それなのに私が所属していた部活は校内では厳しい方で、学生時代は放課後や土日はほとんど部活に費やしていました。

休むことも無くほぼ皆勤賞。

今から考えるとレギュラーにもなれず、ましてや私の実力でプロになれるわけもなく、よくやっていたなーと思います。

でも大人になった今思うのです。

学生時代、運動部に入っていて良かったなーと

今日はそう思った具体的な理由をまとめていきます。

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大人になってから運動することになっても対応できる

私は高校を卒業してから運動部に入ることはありませんでした。

でも大学や社会人になっても運動をする機会って結構あるんですよね。

例えば私は大学のサークルでバレーをしたり、社会人になってから休みの日に集まってフットサルをしたりしていました。

そんな時は学生時代に運動をしていた経験が活きてきます。

曲がりなりにも運動を続けていたので、ある程度のことは対応できるのです。

そこである程度上手くできれば、周りの人たちとの人間関係だってより円滑に構築できるようになります。

部活で辛かった経験が辛い時に支えになる

部活をやってるとき、正直メチャクチャしんどかったです。

暑い中毎日走らされたり、真冬に半袖、ハーフパンツで試合をしたり。

吐きそうになったこともあります。

それに私はレギュラーにもなれなかったので、さらにカッコ悪くてダサいという苦しみもありました。

つまり、身体的にも精神的にもヤラれていたわけですね。

でもそんなキツイ経験をしていたから、社会人の荒波にもなんとか耐えることができました。

苦しみの種類こそ多少違うかもしれませんが、本質的な「辛いことに耐える」という原理は同じです。

根性論的なことはあまり好きではありませんが、確かに昔苦労した経験が私を支えていることは事実です。

集団での生き方を学ぶことができる

部活をしていたら色んな人が入ってきます。

口うるさい先輩や生意気な後輩など、様々な人種が。

そんな中、三年間ほとんど毎日一緒に過ごすのです。

そうすると嫌でも自分の居場所を確保したり、浮かないようにするために集団の中での振舞い方を学ばざるを得なくなります。

私たちは社会人になっても起業したりしない限り、大抵は集団に中に属して生きていかざるを得ません。

部活に入ることでその予行演習をすることができました。

大人になっても付き合える友人ができる

私は今地元から離れて暮らしていますが、年に数回帰省しています。

帰省時には今でも付き合いがある友人がいますが、全て同じ部活をしていた仲間です。

苦しい経験を共有した友人って、なぜか付き合いが途切れないんですよね。

例え何年も会ってなかったとしても会った時は違和感なく自然に接することができる。

そんな貴重な存在です。

まとめ

私は別に運動が得意でもなかったため、運動部に入らない可能性も全然ありました。

仲が良かった友達がたまたま少年野球をしていたので、何となく運動を始めたわけです。

でも今となっては運動部に入っていて良かったなーと思います。

私は運動部に入ったことで、ある程度の体力や辛いことにも耐える精神的、大人になってからも気兼ねなく付き合える仲間という貴重な資産を手に入れることができました。

若い時の苦労は買ってでもしろとよく言いますが、あながち間違いではないかもしれません。

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